いきいき人生 地域で活躍している人を紹介

十和田湖の姫鱒釣り

姫鱒釣り解禁日

 10月1日は、十和田湖のヒメマス釣りの解禁日。天気も良く最高の釣り日和。前日夜に到着し、明日の釣果を期待しながら祝杯をあげる。今年も東北巨木調査研究会の鳥谷部理事の船に乗せていただいた。

 早朝4時起床。釣り竿などの準備をし、釣り船を湖に降ろした。そして、午前5時に宇樽部を船で出発した。目的地は和井内のヒメマスの孵化場前付近。この時期ヒメマスは産卵のために放流しているこの地に帰ってくるのだ。到着した頃には朝日が上がってきた。すでに釣り船は10隻以上が来ていた。

陸はというと、孵化場前の桟橋には釣り人が鈴なり。桟橋からの岸は約1メートル間隔に200人以上はいたと思う。各人に次々と釣れるのが見えた。特に岸辺では、ヒメマスが目の前をたくさん泳いでいるのが見えるほど。

 船は、ヒメマスは群れで回遊するため近づいて来ないと釣れない。だが船の下を通るときは、忙しいほど釣れる。一気に一本の竿(たくさんの針が付いている)に2匹から4匹釣れるときもある。

 船釣りは、解禁の10月1日から12月31日まで、翌年4月1日から当年6月20日まで、遊漁料1日2000円。岸釣りは、10月1日から翌年6月20日まで、同年7月11日から同月20日まで、1日1000円の遊漁料を十和田湖増殖漁業協同組合に支払えば釣りをできる。

 釣り方はいろいろで、フライフィッシング、エサ釣り、ルアーフィッシング、船からのサビキ(たくさん針がついた物)などがある。
 秋の解禁は、オスは婚姻色の赤になり、メスはタマゴをもつので色が黒ずんでくる。メスの魚卵に醤油・お酒を入れて冷蔵庫に一晩いれて置くと美味しいイクラとなる。

ボールペン画の魅力 石橋暢之さん 八戸市

  ボールペンを使って緻密なイラストを描き上げる「ボールペン画」。日常的に使用するボールペンや、細い線を描くのに適したミリペンなどを駆使して描き出される世界は精妙で、時に幻想的でさえある。今回は、1本のペンでこんなにも美しい絵が描けるのか、と思わず目を見張るような石橋さんの絵を特集した。吸い込まれてしまうような繊細なペン画の世界を紹介する。
 石橋さんは、小学生の頃から鉄道マニアであった。駅舎や汽車・電車を求めて全国を旅して歩いた。東北新幹線が開通したときは、23の駅を全て訪ねて写真を撮った。ボールペン画に目覚めたのは7年前のこと。友人の退職のお祝いに、汽車の写真をパネルにして贈ろうと考えて拡大してみたら、どうもピントが上手く合っていない。じゃ描いてみようと思って描いたら以外と評判が良く、次々と描くうちにのめり込んでしまったという。

略 歴
石橋 暢之(いしばし のぶゆき)
1944 東京生れ 八戸市在住 73歳
2013 第88回国展入選
2014 第89回国展奨励賞
2014 第3回宮本三郎記念デッサン大賞
2015 第90回国展入選
2016 第5回損保ジャパン日本興亜美術賞展入賞

アトリエ 八戸市鮫町棚久保14
 TEL /FAX 0178-38-2713

ボールペン画の魅力は、写真では表現できない部分も描け、迫力ある構図に出来ることと語る。また、ちょっとした落書きから製図やイラスト、本格的なアート作品まで描く事が出来る画材でもあることから、用途の幅がとても広いのが魅力。
 ただし、一度描いてしまえばほとんど修正が出来ないので、(厳密に言えば砂消しゴムを使用する事で消す事が出来なくも無い)そういった緊張感の中での制作というのはそれなりに刺激的という。ペンだと細かい所まで描けるという所が良いので、鉛筆画のような繊細さは無いが筆圧で濃淡を数段階変える事も出来る。100号の絵を描くには3ヶ月、B4サイズで1週間はかかるという。
 石橋さんのボールペン画は5年ほど前から多方面から展示の声がかかるようになった。地元八戸市はもちろん、青森市・弘前市や県外では郡山市、金沢市、日光市、豊橋市、山口市、軽井沢町、東京都銀座などでも個展を開いている。

ボールペン画に挑戦してください
 
 ボールペン画を始めてみたいと思っている方に、どこが魅力と聞かれたら、やはり細部までイメージしたものを描き込める事。初めの頃はいくらか忍耐も必要な所はあるかも知れないが、慣れてくればそれが徐々に楽しくなってくるという。
 さらりとしたスケッチから、線の集積によっては肉感のある仕上がりにもなり、バリエーションも豊富なため、是非チャレンジしてみてもらいたい。
  現在ではイラストや漫画など、デジタルで描く事が主流になりつつあるが、アナログ描写というものも未だに根強い人気。アナログのメリットと言えば、外出先でもささっとスケッチをする事が出来たり、本格的な描写をする事も可能だ。  
 特に描写はボールペン1本とスケッチブック1冊さえあればどこでも描ける。
 自分が気になった風景であったり、生き物をスケッチをするのに最適な道具とも言えるかも。あなたも挑戦してみてはいかが。

ジオラマの様な風景  FACE展2017 優秀賞受賞

いきいき人生 地域で活躍する人々を紹介                   十和田湖の禊ぎの里 高渕英夫さん 十和田市

奥入瀬川「禊ぎの里」淵沢集落
奥入瀬川「禊ぎの里」淵沢集落
熊野神社
熊野神社

「禊(みそぎ)の里」と呼ばれている法量の淵沢は、青森県の南東部を流れる奥入瀬川の上流にある地域である。江戸時代から明治時代にかけては法量村となり、明治中期に近隣の村と合併して「法奥沢村」、「十和田湖町」を経て現在は十和田市と合併している。
 十和田湖は、いまから千年ほど前に、南祖坊たちが十和田湖を聖地として開山している。淵沢は十和田湖に入山する修験者たちがここで身を清めてから分け入った場所と云われている。

熊野神社で、右から東北巨木調査研究会の高渕英夫さん、畠山桂子さん、佐京三義さん佐京和子さん。
熊野神社で、右から東北巨木調査研究会の高渕英夫さん、畠山桂子さん、佐京三義さん佐京和子さん。

 また平安時代、この場所に善正寺という古刹が建立された際に植えられたと伝えられている国指定天然記念物の「法量のイチョウ」は、南祖坊お手植えの銀杏と云われる。そして神の使いと云われる白蛇が棲むという伝説がある。太い幹から垂れるいくつもの気根が乳房に似ていることから、かつては母乳の出ない母親が「乳もらいの木」とか「子安めのイチョウ」と呼んでお参りをしたと云う。
 現在この「法量のイチョウ」の入口にある、「レストパーク淵沢」にある、大町桂月の歌碑には「渕沢をすぐれば人の里ならず蔦をわたりて神園に入る」という短歌がある。今は「禊ぎの里」を知る人は少ない。今回この淵沢の地に住む、東北巨木調査研究会の高渕英夫会長から案内をしてもらった。

法量のイチョウ
法量のイチョウ
法量のイチョウの入口にある、大町桂月の歌碑
法量のイチョウの入口にある、大町桂月の歌碑

山岳信仰

 「法量のイチョウ」の側に「山の神」と「白蛇大明神」の社がある。また、奥入瀬川で一番深いとされる渕や滝があることから淵沢には「高渕」の姓が多いのだろうか。そして小高い巨石群の上に「熊野神社」がある。
 この神社は、有史以前からの自然信仰の聖地であった熊野(紀伊国牟婁郡)に成立した。熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての中世熊野詣における皇族・貴族の参詣によって、信仰と制度の上での確立をみた神社である。
 「十和田記」(十和田山縁起・文政十二年書写)には、南祖坊が廻国修行をしたり、加持祈祷を行ったり、熊野権現へ三十三度の参詣をしたなどの話があり、その全てに修験の特徴が色濃くあらわれている。

法量のイチョウの前の、畠山桂子さん。
法量のイチョウの前の、畠山桂子さん。
奥入瀬川で一番深いという淵
奥入瀬川で一番深いという淵
雪降りの太陽
雪降りの太陽

十和田湖参詣の目的

 十和田信仰の特徴は、自然そのものが神域・神体という原始信仰の名残を色濃く残している。大権現社から右手の山を越えた所が占い場の入口で、そこの断崖を下りたところが占い場(オサゴ場)、深淵と岩場に杉の巨木がそびえる場所で、最も深く澄んだ水域で「神門」と呼ばれる場所があるように、南祖坊(青龍大権現)が住む場所とされている。ここから占い場の正面に見える御倉半島の赤い断崖「色ある山」は神秘の霊域、その左り窟「御室」は十和田山の「奥の院」とされ信仰の中心であった。

笠石家住宅と東北巨木調査研究会 畠山桂子会員
笠石家住宅と東北巨木調査研究会 畠山桂子会員
栃久保の石合せ砥神社入り口の鳥居
栃久保の石合せ砥神社入り口の鳥居

十和田参詣とは、占い場に下り、おひねり(おより)を占い場に落として占う。そして、中湖と御倉半島の御室(奥の院)を拝してはじめて参詣を果たしたといえるものであった。現在は十和田神社から占い場に降りる鉄のハシゴは腐食し行くことができない。占い場は南祖坊が八の太郎と戦うため、九つの頭を持つ龍となり入水した神聖な場所。また、奥の院である御室のある場所は、国立公園の中でも「特区」といわれる場所で現在は入ることが許されていない。

熊野神社
熊野神社
奥入瀬渓流
奥入瀬渓流

禊ぎの里をテーマパークに
 
 高渕さんはこの淵沢の地を、聖地・十和田湖の入口として皆に知っていただき、聖地十和田湖を参詣した意味を考えてもらいたいという。現在の十和田湖はかつての「信仰の湖」の歴史は忘れ去られ、地元の方でさえ聖地であったことすら知らないのが現実。
 しかも、十和田湖観光は明らかにかげりが見えてきている。十和田湖の原点を知り、この地を何故南祖坊一派が聖地として開山したのか、この地が何故人々を魅了してきたのかを改めて考えてみる事が必要であると語る。

笠石家住宅
笠石家住宅

第44回 巨木を訪ねて 青森 巨木巡礼の旅

いきいき人生  地域で活躍している人々を紹介  山本ひろし さん

翼をもった69歳  しるばにあっぷる95号掲載

救急救命士  山本 ひろし 〒039-1103 八戸市長苗代字内前田9-4 TEL/FAX 0178-28-4693  

                               Eメール  hiro404@gmail.com

 山本ひろしさんは、昭和22年5月満州生まれ、69歳。八戸市長苗代に住んでいる。
 青森県立八戸水産高校を出て、貨物船の無線通信士。昭和42年に八戸市消防署に就職。昭和61年消防大学入校。東京大学医学部付属救命センターで研修を受ける。そのころ救急隊員は、医療処置が出来なかった。
 平成4年に、青森県初の救急救命士となり、八戸消防署で高規格救急車乗務、現場での救急救命処置を開始。平成19年、消防本部で救急体制高度化と八戸市市民病院のドクターヘリ導入にあたり、救急救命士として参加した。退職後、八戸市民病院新設の「ドクターカーの教育訓練」をした。
 平成23年、64歳で退職。自由人となり、同年に新設された「八戸市 ポータルミュージアム・はっち」でボランティアガイドを始める。
 空飛ぶ「パラグライダー」の資格を取り、翌年、趣味のスポーツ・モーターパラグライダーで、デーリー東北新聞社の「ふわり空中散歩」で空撮連載をしている。

はじまり 

 むかしむかし、人は空を見上げて、あの鳥のように飛べたらどんなにいいだろうか・・・
 やがて冒険好きな人達は、何度も何度も空中に飛びだし、やっと飛べるようになった飛行機を世界戦争と宇宙開発が加速的に航空機に発展させた。
 そして平和の中、プロのパイロットでなくても、スポーツ、レジャーで誰でも空を飛べるような時代になった。2004年、すでに若くはない私は、モーターパラグライダーを手に入れた。
 見ている人は危険だと言う。そう重力に逆らって空を飛ぶと墜落するのが自然だ。
 私は現在69。若い頃と異なり全てにおいてロートル。それでも今すぐ飛ぼうと思えば飛べるのだ。
 そして、飛びたいと強く思う人達は、なんなく飛べる時代になった。パラグライダーと出会ってはや10年、幾度となく危ない目に遭いながらも空に魅せられた私は、今も故郷の海山を飛び続けている。  

八戸市の鮫の灯台と夕日(空中から撮影)
八戸市の鮫の灯台と夕日(空中から撮影)

 きっかけは、八戸の空を飛ぶモーターパラグライダーを見たのがはじまり。定年まぎわの飛行練習生、でも、あんなに練習に打ち込めたのは久しぶり。まるで、中学高校生時代のクラブ活動のごとくだった。
 少年時代のあの熱意、胸躍る充実感の再来かと思うほど夢中になれたのだ。還暦を過ぎ気力体力も落ちて行くはずなのに、パラグライダーに出会っての人生における充実感は、あの若い頃の感激を再び得たのだった。

うれしさと怖さ

 こんな命がけのスポーツは、そう多くありません。30メートルも上がれば、その高さは地上10階建てのビルに相当、落ちれば死ぬ高さだ。
 地面から足が離れ、風に乗って飛び出すスリルは素晴らしいもの。鳥の目線や神の目のように見下ろすとき、恐怖感が沸きあがる。何も妨げるものがない大空の大きさ深さに感動する。無事着陸すると感謝の念が自然と「ありがとうございます」と口に出る。そして空中飛行の醍醐味を実感する。きっと、コックピットの航空機パイロットとは違う飛行の醍醐味があるのではないかと思っている。
 歳を重ね、35㎏のエンジンやグライダーをずっしりと背負うとき、あと何年飛べるのだろうと思い、気が沈む。願わくば80代になっても飛び続けたいものだ。

怖い足元の景色
怖い足元の景色

季節を感じて飛ぶ

 春に、緑の生える暖かい田園を、夏に、心地よい風の白波たつ海辺を、秋に、紅葉深まる山々の冷気、そして、冬は白銀の樹氷の群れをすり抜ける。鳥となかよく飛んでいると、ときに眼下に野生動物達との出会いもある。

空を飛ぶ仲間
空を飛ぶ仲間

新たな感覚

 上空を飛ぶと全身に冷たい風の流れを感じ、私の五感が空中で自由になり鋭くなっていく。そこから、心が広がり快感とともに素晴らしい感動が押し寄せてくる。全身に空気の流れを感じながら風の波に乗って、遠くどこまでも飛べるような気にもなる。
 翼は、自由に飛ぶ私に大空で素晴らしい開放感を与えてくれ、その自由が私をもっと長く飛びたいという欲望へと駆り立てる。

大空に感謝
 
 高度を上げて天空を飛んでいると緊張感が高まり、不思議なことに心の底から大空への畏敬の念が沸いてくる。いつも自然は、私の想像を超えた経験と感動を与えてくれる。この素晴らしい自然界の一部になれることに感謝する。
 空を飛び、幸運を掴む秘訣は何ですかと聞かれたら、私を生み育ててくれた母に感謝し、人の為に尽くし、69歳の素直でよい子でいることと答える。

いきいき人生 地域で活躍する人を紹介 佐藤純子さん・上村美智子さん

Harley Rider HKB 「しるばにあっぷる94号掲載」

八戸市 葦毛崎を望む
八戸市 葦毛崎を望む

うわさのライダー女子

 八戸市周辺でカッコイイ女子のライダーを見たという噂を聞いた。情報を収集したら八戸周辺をハーレーに乗って楽しんでいるらしい。大の大人の男子でも乗りこなすには重くて大きいので難しいと言われているハーレー。
 しかも乗っている女性は二人とも50歳を越えているというから驚きだ。シニアの情報誌「しるばにあっぷる」としては是非紹介しなくてはと、使命感をもって取材に望んだ。そして取材当日、佐藤純子さんと上村美智子さんは「しるばにあっぷる編集室」まで来てくださった。

霧の海岸線で純子と美智子
霧の海岸線で純子と美智子
しるばにあっぷる 編集室にて
左から佐藤純子さん・佐藤雅彦さん(通称らりあ)・上村美智子さん

「HKB」とは

 「はちのへ・くのへ・ビューティ」の略。お揃いのベストを着用し「ハーレーダビットソン」での走行を女子だけで楽しんでいる。
 佐藤純子さんは、ご主人と八戸市桜ヶ丘の東運動公園入口で「からあげらりあ」を営んでいる。日曜朝市でも出店しており、お客様の切れ間が無いほどの繁盛店である。子供は二人。長男は社会人。長女はニュージーランドの学校に留学中。ご主人もバイクを乗っていることから勧められ免許を取得し、すっかりハマッてしまったとか。これまでは乗り物は自転車しか乗ったことがなかったという。バイクは冬期は乗れないので北国の八戸では乗る期間が少ない。買物に行く時などもハーレーで行ってしまうというので驚きだ。

種差海岸をツーリングする
種差海岸をツーリングする

 上村美智子さんは、九戸村の円通寺の住職の奥様。現在孫が4人もいるゴットマザーである。住職さんもバイクを乗っていて勧められた。そして孫を2人見ながらバイクの免許を取りに行ったという。忙しいお寺の仕事の合間にバイクを楽しんでいる。料理が得意でたくさんのお客様にも手際良く調理の腕前を発揮している。九戸村ではハーレーを乗りこなす奥様として知らない人はいない。バイクを乗れる日の目処がつくとその日を励みにして仕事をこなす毎日という。純子さんと美智子さんは、生まれた所が八戸市の湊で同郷の仲。免許を取りにいったときの教官も一緒だったという。

起伏の激しい道路は要注意、ハーレーは重く倒すと女子では起こせない
起伏の激しい道路は要注意、ハーレーは重く倒すと女子では起こせない

バイクの魅力について聞いた

 ハーレーは国産車には、どうやっても出すことができない、エンジンの鼓動が魅力の1つだという。また車には無い緊張感があるが、風を感じ季節や景色を身体で直接感じることができるのが魅力だという。また女性ならではのオリジナルのシートや可愛いバックを取り付けするなどして楽しんでいる。

仲の良い二人は、おしゃべりが止まらない
仲の良い二人は、おしゃべりが止まらない

 ハーレーは大きく重い。転ばしたら女子の力では起こすことができないのでどうしようなどと考えることもあるが、誰かに助けてもらえばいいなどと常に明るく前向きに考えている。バイクは屋根が無いので、雨が降れば濡れる。走行中に雨になることもある。マイナーな事だけ考えていれば何もできない。
 子育てがある。忙しく時間が無い。お金が無い。そんなことを考えているようでは何も出来はしない。そのまま年齢を重ねて行ったら、自分の本当にやりたいことを逃してしまう。やりたいことは勇気を出してやってみよう。年齢は関係ない「いつやるの。今でしょ」だと語る。

蕪島をバックに記念撮影
蕪島をバックに記念撮影

湊の女性は強かった 

 いろいろ話を聞いた後、八戸市のウミネコの飛来地「蕪島」や復興国立公園の「葦毛崎」周辺で撮影させていただいた。当日は視界400㍍の霧で、絶好の撮影日和。写真家のArt Bridge 小野昭仁さんにも協力を得て海へと向かった。

バイクは季節と風を感じて走ることができるのが醍醐味
バイクは季節と風を感じて走ることができるのが醍醐味
ハーレーは大きく重いので、止まる場所やUターンに注意
ハーレーは大きく重いので、止まる場所やUターンに注意

 撮影地は、種差海岸復興国立公園にもなっている葦毛崎展望台付近の海岸線の道路。高低差や曲りくねった道路が続く。撮影の要求にも愚痴も言わず何度も繰り返し走ってくれた。撮影中には二人は常に笑い、おしゃべりは機関銃のよう。「黙っていれはカッコ良いんだけどなぁ」という筆者に、美智子さんは「昔から良く言われますけど・・・そんなんじゃ人生つまらないですよ」と言い放った。純子さんは「黙っていると息苦しくなるんです・・うへへ」と。さすがに湊生まれの「かっちゃ」は強い。

美智子さんは身長が高く足が長いので、あまり一緒に並びたくない
美智子さんは身長が高く足が長いので、あまり一緒に並びたくない

 お昼には撮影も終了したので、ラーメンを食べようということになった。純子さんや美智子さんによると、ラーメン好きのライダーがよく食べに来ていて、旦那様とよく食べに行くというお店に行った。八戸市青葉3丁目にある札幌ラーメン「味楽軒」(店主  戸草内勇一)は37年の歴史を持つという老舗。店主も大のバイク好きで、店の前にはデーンと大きな特徴あるバイクを置いてある。

美智子さんの旦那さまの「へいみ」さん
美智子さんの旦那さまの「へいみ」さん
筆者も、バイクにまたがらせてもらいライダー気分になる
筆者も、バイクにまたがらせてもらいライダー気分になる

いきいき人生 地域で活躍する人々を紹介 中畑文利・鍛冶屋さん

国内唯一の鍛冶職人   中畑 文利さん(72歳) 田子町

希少価値がある国内の漆

 津軽には津軽塗という漆の工芸品がある。また岩手県の二戸市浄法寺には浄法寺塗りがある。漆塗を作るためには漆がいる。
 浄法寺漆(じょうぼうじうるし)は、主として岩手県二戸市浄法寺町を本拠として活動する漆掻き職人が、岩手県北や青森県南部、秋田県北東部の漆の木から採取した生漆(きうるし)をいう。
 漆は、ウルシオールを主成分とする天然樹脂塗料であり、日本国内で使用される漆の98%以上を輸入に頼る中で、浄法寺漆は、日本一の生産量と高い品質を誇る。日本の国宝は国産の漆しか使用できないので、希少価値がある。
 漆を生産するその第一段階が漆掻きだ。漆の木の幹に切り込みを入れて染み出る樹液を採取する。そこで採れる樹液はあらみと呼ばれている。

漆掻き道具

 木の皮をむく「かま」、幹に傷を付ける「かんな」、樹液をすくい取る「へら」などがある。特にY字形のかんなは、樹液をためる溝を削る「くち」と、樹液がしみ出す傷をつける「めざし」を1本にまとめた独特な形である。そのときに使う道具を作っているのが青森県田子町の鍛冶職人の中畑文利さんだ。
 もちろん中畑さんはそのすべてを作っているのだが、それ以上にすごいところが使い手つまり掻き手によって道具のひとつひとつを別途調整することだ。
 掻き手のくせや要望に応じて、刃の幅や曲がり具合を細かに調整していく。だから時間もかかるし、技術も必要とされる。
 漆の掻き手一人一人のくせや要望に応じて刃幅や曲がりを調整する必要がある。中畑さんは、曲げて作れるまで15年かかったという。
 1日に作れるかんなは多くて3丁だ。中畑さんは、鍛冶屋の見習いには出たことがない。 
 中学卒業後から父の長次郎さん(故人)の下で修業を積み、技術を「見て覚えた」。1988年の長次郎さんに続き、95年に国の選定保存技術保持者に選ばれている。

漆掻き道具が存続の危機

 漆の木から樹液を採る道具を作る技術が存続の危機にある。
 国内で作れるのは中畑さんだけ。多くの漆の「掻(か)き手」が頼りにしており、技術が途絶えれば、既に国内シェア2・6%にまで低下した国産漆の危機に直結する。農水省の統計では、2013年の国内の漆消費量4万542キロのうち、国産は1045キロ。田子町と隣接する岩手県二戸市によると、国産の6割以上を占める同市浄法寺町の掻き手約20人全員が中畑さんの道具を使う。
 中畑さんは「変わった道具を作るには、それを作るための道具から作らないといけない。面倒なので、やる人がいないんですよ。注文をつけてくれるお客さんが先生。使い手さんに使いやすい道具を作れば100点。使いづらければ赤点」という。

病気との戦い
 
 中畑さんの元には漆掻き用以外にも生産しにくい道具の注文が全国から押し寄せる。だが体調は万全ではない。7年前に骨髄性白血病が判明。症状は比較的安定しているが、盛岡市の病院で抗がん剤治療を受けている。また緑内障や糖尿病で近い将来目が見えなくなる恐れがある。
 中畑さんは「使っている方が困るから」「仕事で死ねれば本望」「最後まで漆業界の小さな歯車を全うしたい」と仕事を続けている。それを支える奥様の和子さんは、阿吽の呼吸でハンマーを振る。「そういう主人なので、最後まで目となってあげたい」と語る。
 

使用者との一体感が必要

 中畑さんは学校を卒業するとすぐに、父の長次郎さんに学び、以来この道ひとすじ。1995年には国の選定保存技術保持者に選ばれた。 今回は目の前で鍛冶の作業を見せてもらった。左手でふいごをあやつり、火の調節をして鎌を熱する。それを取り出して叩き上げるその様は昔ながらの鍛冶職人そのもの。何度も何度もその作業を繰り返し、微妙な調整をしていく。ときには数ミリ単位の調整さえする。「一番難しいのは、木に溝をつけるかんななんです」という。
 先端の曲がり具合が重要で、扇形のかんな口が大事、羽根が本体と平行でなければならないので、慎重な作業を要する。使用する掻き手それぞれの要望もあり、形が一律ではないので機械では作り得ないもの。職人が使用者と向き合ってこそ生まれる道具なのだ。

使い手が信頼する作り手

 量産ができないため「ひまがあったら作って置きたい」と言うのだが、毎年毎年違う注文がくるのだそうだ。木の太さによっても注文が違う。その差も何と「昨年と違い、今年は木が違うから2ミリ減らしてお願いしたい」と注文してくることもあるという。これは中畑さんを信頼しているからこそであろう。

後継者を育てる
 
 中畑さんのもとには、鍛冶を習いたいと来る人もいるそうだが、その数はごくわずかというのが現状。本物の漆掻きの道具を作れるのは中畑さんひとりと言われることさえもある。「使い手が困るから技術は伝えていきたい」と語る。田子町は町おこしの一環として国が推進する「地域おこし協力隊制度」を使い募集した結果、新岡恭治(39歳)さんという元刃物職人だったという弟子希望者があり、現在技術の継承に励んでいる。
 新岡さんには「見て覚えてほしい。理屈ではなく身体で覚えなくてはいけない。理屈だけだと覚えた気になってしまうものだ」と教えている。新岡さんをあと1年ぐらいで育てあげたいと語る。

NHKの取材陣と出くわす

 昨年の12月に取材に訪れた際。ちょうとNHKが「プロフェッショナル」(2月に放送になった)という番組で中畑さんを撮影していた。なんでも一週間間ぐらい泊まり込みで取材していたという。
 弊社も小誌ながら情報誌を発行している者として、NHKとの目線が一緒だなと思ってほくそ笑んだ。
 訪れたときは、撮影合間の昼食時だったが快く取材させてもらった。
 
 1月に入ったある日曜日に、田子町に行く用事もあり寄ってみた。
 休日なのでいないかもと思ったが撮り忘れた場面もあり、覗いてみた。暗い鍛冶場の中で一人黙々と仕事をしていた。聞くと「今日は身体の調子も良いので少しでも仕事を進めたいのでやっている」とのこと。日曜祭日も無く、己の体調に合わせ仕事をする中畑さんに感動した。それに比べて自分の仕事への甘さを痛感した一日となった。
 中畑さんの趣味は釣り、家のそばを流れる川では結構イワナが釣れるという。私も渓流釣りが好きなので、イワナをさばいたりする「山刀」を見せていただいた。 
 山などで熊などにも会ったことがあるので、せめてもの護身用に一つ作ってもらう約束をした。中畑さんは「熊にあったごどある人に聞いだども、負げだそうだ」と言っていたのが気になる。
 4月には完成するそうなので、腰に中畑さんの「山刀」を吊るし、颯爽と出かけたい。   (山本)

気軽に楽しめる乗馬クラプ

乗馬の魅力 

 POLOライディングクラブ代表の平野直(ひらのただし)さんは、出身は富山県。20代のころ獣医師として八戸に赴任した。
 クラブは今年で18年を迎えた。奥様の恵美子さんと息子さんで運営している。忙しいときは、クラブ会員の皆さんにも手伝ってもらう家庭的な雰囲気。
 クラブ運営のほか、三八地区の獣医師会主催での出前乗馬体験、種差海岸や八戸公園で馬に親しむための引き馬体験も実施している。現在馬は9頭いる。
 全て北海道和種、いわゆる「ドサンコ」サラブレットに比べると足が短く、しっかりした体格。馬は自転車やバイクと違い、生きた乗り物。特にドサンコは、温厚で親しみやすいが、初めて乗る人を試そうとすることもある。
 平野さんによると、乗馬の魅力は、人よりも大きな動物で、ふれあいと、自然の中で風を感じながら駆けると本当に気持ち良い。馬の体高と自分の座高をプラスすると、約2メートルぐらいの高さとなり、その目線で景色を見ると普段と違う世界が見える。
 また、人が背筋を伸ばして乗ると馬も動きやすいという。乗馬は美しい姿勢をつくる筋力アップにも役に立つそうである。
 初めて乗馬する方には、馬場で乗り方や歩かせ方など指導する。馬と騎乗者のコミュニケーションが大事だそうで、心がかよい合うと走るのも楽しさが倍増するという。

高橋真慧(たかはしさなえ)さんは自由に馬を乗りこなす会員

左から会員の中学生のリナさん、平野代表、会員の小学生のカヨちゃん

POLOクラブの特徴

 特徴は、何といってもアットホームでまるで自分の家にいるような感覚になるところにある。平野さん夫婦は明るく、特に直さんはオヤジギャクが得意なようだ。会員の子ども達はまるで親にでも接しているかのように見えた。 
 自然豊かな敷地内にはイヌやネコのペットが飼われ自由に闊歩して歩いている。場内の柵にはたくさんの赤トンボがとまっていた。
 平野さんは、大変なことは馬の健康面は獣医なので何とかなるが、生き物なので365日を家族だけで食事の世話をしなければならない事だと語る。
 この場所は、八戸市内からも近く、北バイパスから五戸町「ひばり野運動公園」にいく途中の山内牧場の隣にある。乗馬料金も他のクラブに比べてリーズナブルになっている。
乗馬は年齢を問わないスポーツ

 クラブでは小学生から高齢者まで乗馬を楽しむ事ができる。
 馬と触れ合うことで、自然と他者や動物への思いやりを持てるようになっていく。馬の目を見つめると穏やかな気分になり、体に触れてみると温もりが伝わってくる。そんな馬の穏やかな雰囲気が癒し効果となり、日常のストレス・疲れから解放されていく。
 運動不足解消・健康維持のために乗馬は、体のあらゆる筋肉と頭を使う総合的なスポーツともいえる。
 馬に乗りながら美しい姿勢を保つ、もしくは保とうとするだけでも筋肉に適度な負荷がかかり、日常生活での姿勢の矯正にも役立つ。
 揺れる馬の上でバランスをとりながら馬を操作するため、腹筋や腰から太もも、内股にかけての筋肉などの普段使わない筋肉を刺激する事で、下半身が引き締まる。
 このように全身運動の乗馬は、運
動不足解消・健康維持、さらには美容の観点からも年齢を問わないスポーツである。

ホースセラピーや運動療法にも

 ホースセラピーは、馬と触れ合うことでその人に内在するストレスを軽減させたり、あるいは自信を持たせたりといった事を通じて精神的な健康を回復させることができると考えられている。
 馬は人よりも大きな体を持ちながら従順で心優しい動物。そんな馬の気持ちを考えて世話をすることで、馬と気持ちが通い合う喜びが生まれる。
 また馬に乗りただ歩くだけで、その高さや温もり、振動やリズムが脳を刺激することで日常使わない筋肉や神経を使う事ができ、常歩(なみあし)という馬の一番ゆっくりとした歩き方には、ただ跨っているだけでも有酸素運動になる事が立証されている。
 足や膝に負担をかけず運動効果が得られることから、ダイエットやリハビリとして、また近年では糖尿病の運動療法にも用いられているという。乗馬は動物・生き物を扱う唯一のスポーツといえる。

騎馬打毬で活躍

 POLOライディングクラブの馬たちは、毎年八戸三社大祭の中日に開催される「加賀美流騎馬打毬」でも活躍している。現在、全国に3か所しか残っていない伝統武芸「騎馬打毬」。そのひとつが、八戸の加賀美流騎馬打毬で、青森県無形民俗文化財に指定されている。紅白2組で4騎ずつの武士が、馬上で先端に網のついた毬杖を持ち、毬を味方の毬門に投げこみ点数を競う人馬一体の競技である。
 この馬は全部POLOライディングクラブで飼養しているので、日頃から運動を欠かせない。平野さんは加賀美流騎馬打毬の伝統を受け継ぐ「八戸騎馬打毬会」の中心のメンバーである。
 クラブを拠点に活動している「八戸乗馬スポーツ少年団」に所属する小・中学生の中から騎馬打毬に携わる子どもも育ってきているが、まだまだ後継者不足。
 宮内庁や山形県で開催される騎馬打毬の上品さとは違う勇壮な「喧嘩打毬」が八戸の魅力。まずは乗馬で馬に親しんで、男の子には将来騎士にも挑戦してもらいたいという。
 青森県は短命で、子どもの肥満傾向など健康面では何かとマイナス要素が多い。水泳やウォーキングと同じ有酸素運動で、自然を満喫しながらオールシーズン楽しめる乗馬。地域の歴史にも根ざした合理的な美容・健康法といえるのかも知れない。

櫛引八幡宮にも馬と一緒に参拝

 正月には、クラブ会員と人馬の無病息災を祈願するために、八戸市にある櫛引八幡宮に詣でる。
 クラブが育てている馬が騎馬打毬や流鏑馬で活躍していることから毎年実施している。昨年は小学生から50歳代までの会員8名が参加した。馬4頭に交代で乗り、雪が降りしきる中、クラブから約10キロの道のりを約一時間半歩いた。
 平野代表は毎年ウマくいくように続けたいと語る。

十和田湖の巨木と紅葉を訪ねて 東北巨木調査研究会 山本光一

巨木は季節によってその姿を変える。10月14日たまたま八甲田山に初冠雪があったので、平日であったが急遽「もみじ狩り」に行った。
 奥入瀬渓流は紅葉に少し早い様相であったので、標高の高い御鼻部山を通る十和田湖一周することになった。
 かねてから目をつけていたこの場所は、初めて見る最高の紅葉の樹海が迎えてくれた。あまりにも見事だったので、友人を誘い3日後に再訪したが、この紅葉はすでに見ることが出来なかった。
 今回は、いつも見ている巨木たちの紅葉の姿をお届けする。

(撮影 御鼻部山付近より樹海を望む・2015年10月14日 山本)

森の神
 森の神は、一本の幹周では日本最大のブナ。高齢でありながら、幹の内部は腐食しておらず、みずみずしい生命力を保持している。その理由「森の神」が立つ場所が、水はけや土壌が良く、強風を受けにくい恵まれた地形にあるためだ。
 加えて、この地域では一本の幹が途中から三本に分かれている樹木を「三頭木」とか三叉の木と呼び、神様が宿る樹と崇めている。木こりや猟師は「山ノ神」として伐採せずに保護してきたことが、これだけの巨木に生長したと考えられる。

ブナの王様
 平川市の十和田湖一周道路の、滝ノ沢分岐点の近くで発見した「王様のブナ」(このブナも呼称が付いていない)王冠に似ていることから勝手に名付けた。周辺には、ブナの巨木が多くみられるが道路も無く、時間を要するので、後日また周辺の森を探索してみたい。
 分岐点には3年ほど前には売店とトイレが有ったが無くなった。交通量も少ないので訪れる人も少ないのだろう。

シシ神のトチノキ
 10月17日に、東北巨木調査研究会の有志で平川市の巨木を探索した。平川市の温川温泉の上流で十和田湖に近い渓流沿いに、ジブリのアニメ映画『もののけ姫』に登場した「シシ神」に似ているトチノキを見つけた。
 シシ神とは、鹿のような角が多数ある頭、青い紋様の入った猿のように赤い顔、人間のような面容、猫のような目と鼻、ヤギのような耳、猪のように前身が発達した胴体、カモシカのように長い体毛、小さな犬のような尾、3つの蹄のある鳥のような脚……と、無数の動物の様態を持つ。生と死を操る能力を持っていて、傷を癒したり命を吸い取ることができる。また、水上歩行をし、威光だけでタタリ神の呪いを抑え込む、石火矢の弾が胴体を貫通しても即座に傷が治ってしまう、地上を歩くと一歩ごとに草が生い茂り、すぐに枯れていく……など、神に相応しい摩訶不思議な力を秘めている。
 そんなシシ神に似たトチノキは誰にも気づかれることなく、ひっそりと森の中に立っていたので「シシ神のトチノキ」と名付けた。

十和田湖の紅葉

三色もみじ