シルクロードウォーク  第3次 隊長 山本 光一

第3次シルクロードウォーク(ウルムチにゴールする隊員たち)
第3次シルクロードウォーク(ウルムチにゴールする隊員たち)

 「しるばにあっぷる」に連載されたウォーキングクラブMTC21は、毎年1,000名以上の参加者がある十和田湖ウォークの開催や、25年間かけ中国からイタリアのローマまで、6回の遠征でシルクロードウォーク完結を成し遂げました。

 

 北国八戸にいて、暇のある学生でも冒険家でもないサラリーマンたちが集まって、行ったこともないシルクロードの調査から始まり、世界初の前人未踏のウォークイベントを次々と成功させたのです。その実施したウォークイベントを抜粋し掲載したものを紹介します。

 

○写真は、中国のハミ〜トルファン〜ウルムチの気温45度のゴビタン605キロを完歩してゴールする隊員たち・・・。

(旗手は第3次シルクロードウォークの隊長を務めた筆者)

 

万里の長城(北京に着いて最初に訪れた場所)
万里の長城(北京に着いて最初に訪れた場所)
敦煌の鳴砂山でラクダの後ろを歩く隊員
敦煌の鳴砂山でラクダの後ろを歩く隊員

 中国の人々は何で気温が45度もあるゴビタンを歩くのかわからなかった。車やラクダもあるじないか。足のマメが潰れても懸命に歩く姿を見て中国の支援隊も感動した。

 そして、真摯な中国のサポートによりゴールできた。ウルムチの副市長は完歩パーティの祝辞で「この偉業は、中国精鋭部隊でも難しいだろう。私たちは皆さんを見習わなければいけない」と全員に栄誉賞を贈呈した。今もこのウォークコースを観光バスが通ると「馬鹿な日本人がここを歩きました」と説明があるという。

天山山脈を越える
天山山脈を越える

ゴビタンの空見上げれば宇宙の色 地平につづく一本の路   光雪

これが360度の地平線だ。三日間歩いても景色が変わらなかった。
これが360度の地平線だ。三日間歩いても景色が変わらなかった。
マスクは乾燥を防ぐ対策。奇妙ないでたちに地元民はビックリ
マスクは乾燥を防ぐ対策。奇妙ないでたちに地元民はビックリ
隊員のユニフォームの背にはウイグル語で(シンジャンヤクシと読む)「新疆はすばらしい」という意味。これが大受けした。
隊員のユニフォームの背にはウイグル語で(シンジャンヤクシと読む)「新疆はすばらしい」という意味。これが大受けした。
ウイグルの子供たちと(筆者中央)
ウイグルの子供たちと(筆者中央)

 風が強く、前にかがみになって歩かないと進めなかった。風で小石が飛んで来て身体や顔にぶつかり痛いほどであった。ここ「風庫」は特に風が強く列車も倒れたことがあるという。

 ゴビタンの途中に風力発電の「風車」が200塔ぐらいも立っている場所もあった。

 写真は支援車両のバスに風で大きな石が飛んで来てガラスにひびが入ったので、中国の支援隊がガムテープを貼って応急処置をしているところ。ガラスが割れてしまえば風が入りバスは使用できなくなる。バスは、支援する医者や通訳を乗せ、荷物を積んだりリタイヤした隊員を収容したり、風の強いときバスの中で食事をとるように用意した無くてはならないものだ。

 腰にはピストルが見える。私たちのウォークに支援で付いてくれた5名の警察官はパトカーに軽機関銃まで所持していた。夜も2時間交代で不眠の警護をしてくれた。

 私たちが拉致されたりしないようにとの配慮であった。少々物騒ではあったが一緒にトランプをしたり、腕相撲したり和気あいあいと交流できた。

隊員の誕生日のサプライズもあった
隊員の誕生日のサプライズもあった
ラクダの群れに出会った。野生だろうか・・・人もいないし・・・
ラクダの群れに出会った。野生だろうか・・・人もいないし・・・
このシルクロードで出会い結婚したカップルがいる。もちろんお祝いに出席しました。シルエットはたぶんその人だと思う・・・
このシルクロードで出会い結婚したカップルがいる。もちろんお祝いに出席しました。シルエットはたぶんその人だと思う・・・

 休憩地点では点滴を処方される隊員も多かった。45度の気温は初めての経験であった。食事も喉を通らず、下痢をする隊員が続出した。トイレはもちろん無く女子隊員は苦労した。あまり暑いので出発は太陽の出ていない暗いうちに出発し距離をかせいだ。冷蔵庫はもちろん無いので肉はすぐ腐るので、ニワトリなどは生きたまま足を結ばれトラックの荷台に積まれていた。

 最初の日に日本から同行した看護婦さんが高熱を出して倒れたり、あまりの暑で熱射病に倒れる隊員が続出した。蜃気楼が見えたり、砂嵐に遭ったり体力・気力の行軍であった。

 湿度が低く、鼻の粘膜が乾き鼻をかむと鼻血が出た。濡れたタオルを干すと5分もすれば乾いてしまうほどであった。中には虫歯が痛くなり我慢できず遠い先の病院まで通訳と車をつかまえ治療に行った隊員もいた。中国では虫歯はだらしない人がなるということで、支援車両の使用を拒否された。まあその通りかも知れないが。抜かれた隊員は、日本であれば軽い治療で済むような立派な歯をろくに麻酔もしないでペンチのような物で抜かれ恨めしそうに歯を持ち帰ってきた。

トルファンへの道
トルファンへの道
ゴールで笑顔で抱き合う隊員たち
ゴールで笑顔で抱き合う隊員たち

 ゴールでは皆で泣いた。中国の支援スタッフも抱きついてきて泣いた。その夜完歩パーティでは緊張が融け、しこたま飲んだ。歓喜に湧く隊員たちは夜のウルムチに飛び出し浮かれているころ、私は飲み過ぎて一人さみしく生まれて初めての点滴を処方されていたのだった・・・。

 熱砂への挑戦、中国スタッフを入れ総勢51人。1日平均43キロ以上14日間の暑く苦しい、だが楽しい戦いだった605キロウォークはこうして終わりを告げた。

 この実現不可能とも思われたウォークの成功は孫の代まで語り継がれるだろう。

 そしてオジンやオバンの熱い夏は終わったと思っていたら、また4次・5次・6次とローマまで続いたのであった。

 

 

下記でシルクロードウォークヘ挑戦した6回の記録を詳しく紹介しています。

 

はじまり  シルクロードウォークのはじまり


第1次   第1次 中国ひた歩き


第2次   第2次 熱砂への挑戦


第3次   第3次 新彊の風となって


第4次   第4次 パミールを越えて

 

第5次   第5次 トルコ キャラバンロードを行く


第6次   第6次 ローマ浪漫旅


【関連サイト】

 

シルクロードの風に吹かれて

産經新聞に掲載になった原稿です。

MTC21の「実現して見せる力」 - 続・カクレマショウ

第2次シルクロードウォークに参加した隊員のサイトです。

シルクロードウォーク メイン

第2次の酒仙〜敦煌の様子が詳しく掲載になっています。

社会を良くする社会教育≫文章≫シルクロードウォーク・プログラム

第2次を起承転結で紹介しています。

上記の第1次〜第6次までをクリックすれば、「しるばにあっぷる」に掲載された、それぞれの「シルクロードウォーク」がご覧になれます。

十和田湖ウォーク

十和田湖ウォーク

MTC21は、十和田湖ウォークを支援してくれるボランティアスタッフを募集しています。

歩かなくても、ゴールしてくる参加者を見ていると同じ感動を共有できます。

希望者は、MTC21事務局までお問い合わせください。

 

 

十和田湖一周約50キロは、山あり谷ありで簡単に歩ける距離ではありません。最後は精神力の勝負となります。完歩した方は一生の思い出となることでしょう。

 

    PDFで拡大して見る >>

 

 

冬の十和田湖を歩く

カンジキの写真 

 

 

    PDFで拡大して見る >>

 

 

  冬のイベントとして、「雪の奥入瀬渓流ウォーク」などカンジキを使用し遊歩道を300名ほどの参加者で開催していましたが、現在は場所を特定せずさまざまの場所で実施しています。

 

MTC21創立30周年記念祝賀会 
MTC21創立30周年記念祝賀会 

シルクロードウォークの記念誌

※この貴重な記念誌は、参加した隊員の記念の記録であり一般の方には販売していません。